空港までのフリーウェイでは、濡れそぼつような重い霧が立ちこめていた。
その場所からは、あの空模様が一体どうなったのかこの目で確認することはできないけれども、
電光掲示板の一文が、もはやこれ以上の天候についての個人の思案を必要とはしないことを伝えていた。
-CANCELLED-
アラスカエアラインの、ベリンガムからシアトルへの便は欠航となった。
搭乗待ちのベンチで座っていた人々が一斉に動き出す。
空港職員に詰め寄る人、列をなして何かを受け取る人。
携帯からどこかに電話をかける人 『---Customer service?』。
焦りに満ちた空気へ一変したその様子は、昔テレビで見た、競馬場で馬がゴールを突き抜けた瞬間の観客や、株の暴落を目の当たりにした証券取引場(?)みたいだな、と同じく自分もだるくなった頭の端でひとりごちた。
先ほどから何かのアナウンスを放送しているが、それが何を伝えているのか、彼女には正直言って全然わからない。
彼女の英語力は、大学受験勉強時に泣きながら旺文社の基礎英文問題精講を解いていたのをピークに盛りをとうに過ぎた。
彼女の英語力は、大学受験勉強時に泣きながら旺文社の基礎英文問題精講を解いていたのをピークに盛りをとうに過ぎた。
27歳、日本人の単独旅行者が、アメリカの地方空港にひとり。
とりあえず、タコマ国際空港を正午すぎに出る国際便に乗るためには、
なんらかの方法で、ここから出てシアトルに向かわなければならないようだった。
では一体どうやって?どうやらアナウンスは、シアトルへ向かうバスが出ていることを伝えているようだった。
とりあえず、空港職員へ詳しく聞きに行ってみる。
『バスはどこから出るんです? 』
『空港を出てあっち曲がってここらへんでゴチャゴチャ(わからない)』
『(…ええいままよ!)シアトルに着くのは何時くらい?』
『14:00くらいに着きますよ。』
『(…だめだ…。)thank you...』
青い顔で呆然としていると、チェックインカウンターで見た乗客のおじさんが、何かの電話番号をメモりなさい、と教えてくれる。どうやら、カスタマーサービスの電話番号らしかった。
おじさんもバスでシアトルへ行くの?と訊ねると、彼の行き先はシアトルでなくラスベガスということであった。
…とにかく、シアトルへ行かなければ。
これ以上ここにいても、飛行機は離陸されない。
出口と繋がっているのかわからない鉄の重い扉を、ためらいながら体重をのせ、押した。
ここへ来た時とは真逆の、重い澱が沸騰し心臓をからめとるような、暗い興奮を胸に。